健康管理の“オーナーシップ”が重要、コロナ禍でヘルスリテラシー向上も
新型コロナウイルス感染症の流行を受けて製薬企業などが開発するワクチンや治療薬に注目が集まる中、企業などが運営する健康保険組合(健保)も保険者の立場から働く世代やその家族のコロナ禍での健康管理の重要性を指摘しています。欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)では、保険者に話を伺いました。
感染症の流行を受け、対面で行う保健事業を控えるよう国から指示があったため、従業員や家族に対する健保としての積極的な取り組みが実施できない状況でした─。そう語るのは、EFPIA Japanに加盟する日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社とそのグループ企業が運営する「BIJ健康保険組合」の大坪眞子理事長です。
厚生労働省は2020年4月、健保などに対して、少なくとも緊急事態宣言の期間中は、対面での特定健康診査等の実施を控えるよう通知しました1)。この中には、生活習慣病の発症リスクが高く、生活習慣の改善による生活習慣病の予防効果が多く期待できる方に対して、専門スタッフ(保健師、管理栄養士など)が生活習慣の見直しサポートを行う特定保健指導も含まれます。
大坪さんは、健診機関では感染予防対策が十分に採られているものの、従業員ら組合員の中には感染への懸念やためらいの気持ちから「定期健康診断の受診が後ろ倒しになっていた人もいた」と話します。このような中で大坪さんは、定期健康診断の受診控えの結果、小さな健康問題が見過ごされ、適切な治療を受けるタイミングを逃す懸念もあると指摘。健康状態の悪化が進んだ状況では治療などの選択肢が限られる可能性もあるとして、定期健康診断を受けることの大切さを強調します。
コロナ禍での在宅勤務(リモートワーク)の長期化に伴い今後懸念されるのは、従業員のメンタルヘルスへの影響とその対応だと大坪さんは指摘します。大坪さんは、当初は従業員の運動不足が課題とされたものの、在宅勤務の長期化で上司が部下と対面でコミュニケーションする機会が少なくなり、部下の精神的な変化に気づきにくくなったことから、メンタルヘルスは健保や企業がより一層注意を払うべき課題になっていると話します。
受診控えで医療費増加の懸念「健全な健保財政の黒字化ではない」
定期健康診断の受診控えの結果、健康状態が悪化するなどして「医療費の高騰につながるかもしれず、組合員の自己負担分が増える懸念もある」と大坪さんは指摘します。さらに、個人レベルでの医療費増加にとどまらず、「社会保険の仕組みの中で大きな財政問題になっていく恐れがある」と社会的な課題として発展してしまう可能性を危惧します。
全国の中小企業の従業員などが加入する健康保険(協会けんぽ)では、2020年度に医療機関への受診控えから、協会が医療機関へ支払う「医療給付費」が減少し、協会の同年度決算見込みが過去最高の黒字幅になると発表されました2)。
大坪さんは、BIJ健保でも療養費の減少が確認されていることから、「コロナ禍でBIJ健保組合員が医療機関への受診を控えていることが推測できる」と指摘。ただ、全国的にこうした傾向があるとすれば、短期的にはそれぞれの健保において財政が黒字化あるいは黒字幅が増加する場合がある一方で、「これは一時的なもので、その反動として長期的には治療費が増加するかもしれません。“健全な黒字化”ではない」とも話します。大坪さんは、必要な時に必要な治療を受けることが大切としています。
健康管理の“オーナーシップ”を高めるきっかけに
コロナ禍では、多くの人々の間で「自分の健康は自分で守る」という健康管理に対する“オーナーシップ”の考え方が高まるきっかけになったとも大坪さんは話します。さらに、感染症への関心のほか、予防法や治療法の種類やリスクなどを多くの人々が考えるようになり、「社会全体でヘルスリテラシー*が向上する機会にもつながっている」と分析します。
一方、医療健康情報を巡っては、インターネット上で不確かな情報が氾濫するため、「冷静に情報を受け止め、正確な情報を取捨選択できる判断力を高める必要がある」とも指摘。その上で、健保が組合員に対して「信頼性の高い情報を継続的に発信していく必要がある」と大坪さんは話します。
大坪さんは、厚生労働省や感染症専門家など信頼できる情報源にアクセスすることの重要性を強調。専門家による監修等を受けて製薬企業が運営する情報コンテンツを取りまとめたEFPIA Japanの「医療健康情報サイト集」なども有益とし、BIJ健保のホームページ上では組合員向けに同サイトへのリンクを用意しています。
従業員やその家族の健康を支える企業の健保組合では、保険者の立場でコロナ禍特有の健康問題に直面しています。健康管理に対する個人のオーナーシップがより一層大切になる中、社会全体でのヘルスリテラシー向上も欠かせません。持続的な医療保険制度を守るためには、患者さんが革新的医薬品にアクセスできる環境を整備するだけではなく、製薬企業や保険者など多様なステークホルダー(利害関係者)が協働して課題を解決していくことが重要と言えそうです。
*:ヘルスリテラシーとは、医療健康情報を「理解・活用できる力」のことを意味します。
(厚生労働省「統合医療」情報発信サイト, 2021年9月10日確認)
(厚生労働省「統合医療」情報発信サイト, 2021年9月10日確認)
1)厚生労働省保険局(2020). 新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言を踏まえた特定健康診査・特定保健指導等における対応について(改訂). [アクセス日:2021年9月9日]
2)全国健康保険協会(2021). 2020(令和2)年度協会けんぽの決算見込みについて. [アクセス日:2021年9月9日]
BIJ健康保険組合
理事長
大坪 眞子氏
【BIJ健康保険組合】
名称:BIJ健康保険組合
理事長:大坪眞子(おおつぼみちこ)
設立年月日:1972年10月1日
所在地:品川区大崎二丁目1番1号ThinkPark Tower 15F
加入事業所数:3
被保険者数:1,969人(2021年9月末時点) (男性1,473人、女性496人)
被扶養者数:2,791人(2021年9月末時点) (男性1,009人、女性1,782人)
平均年齢:被保険者(42.84歳)、被扶養者(20.69歳)